大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)5352号 判決
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〔事実〕原告は、昭和二三年七月八日、その所有の尾道市所在の土地及び同地上建物を、被告曽に代金五五万円で売却した。被告曽は、右代金のうち三五万円を同年七月一五日に支払い、残額二〇万円につき原告との間で準消費貸借契約を結び、同年八月から昭和二四年五月まで毎月二万円宛分割支払う旨定めた。被告猪野は被告曽の右準消費貸借契約上の債務につき保証人となつた。原告は右二〇万円のうち四万円のみ弁済を受けたとして、本訴において被告両名に対し、残額一六万円の支払を求めた。これに対し被告両名は、被告猪野が約旨どおり全額弁済した旨抗争した。もつとも、売買契約当時までは原告は被告猪野の隣(本件土地上)に住んでいた(前記内金三五万円支払直後尾道市内の別の場所に転居した)ので、その人柄も知つており、お互いに信用しあつていたので領収証はもらつていないという。
〔判断〕よつて被告等の弁済の抗弁について案ずるに、被告等は右事実の直接の証明として受領証等の所謂物証を提出することなく専ら被告等申請の証人及び被告本人の各供述に依存するものであるところ、被告等申請の証人及び被告本人の各供述と原告本人尋問の結果とは右弁済の点に於て甚しく相違し相対立しているので、果して何れが信憑力を有するかについて比較検討するに、先ず、成立に争なき甲号各証、乙第一乃至第四号証及び被告猪野の尋問の結果と同尋問の結果によつて真正に成立したと認められる乙第五号証を綜合すると、原告は本件消費貸借の債権証書を現に所持し未だ被告等に返還していないものであること、原告は被告曽に対しその所有の宅地建物を売却した後建物については契約後直ちに同被告に対し所有権移転登記をなしたこと、宅地については訴外橋本吉兵衛の所有名義となつていたものを昭和二十七年四月三日訴外橋本龍一が相続登記をなし、同日それを被告猪野の妻猪野文子名義に所有権移転登記をなしたこと、被告等は昭和三十年夏頃原告の代理人と称する訴外渡辺敬治より本件貸金残として金十六万円の請求を受けたので一切支払済である旨を答えたこと、その後被告等は昭和三十一年三月十二日を以つて原告代理人より内容証明書留郵便により更に右金十六万円の請求を受けたので被告等は同年同月二十二日附を以つて原告代理人に対し内容証明書留郵便により支払済である旨を回答したことが夫々認められた他に右認定に反する証拠は存在しない。次に、証人岡谷健一の証言は同証人が本件当事者の何れとも利害関係がなく純然たる第三者の立場にある点よりして最も信頼するに足るものというべく、また証人吾郷芳雄の証言は、同証人の妻の兄が被告猪野に当るという身分上の関係は存するが、証言の内容を仔細に検討してみると右のような関係に左右されずに過去の経験を極めて率直に供述していることが十分に窺えるので同じく信頼するに足るものと言わなければならない。而して、証人岡本、同吾郷の証言と、証人猪野政雄、同猪野文子の各証言及び被告両名の本人尋問の結果とを綜合してみると之等の供述は重要な点に於て符節を一にしていることが判明する。即ち、原告が被告曽に対して売渡した宅地建物の内、宅地についての所有権移転登記手続が遅延した理由は坪数の実測と公簿上の記載とが相違していたことに基くものであること及び被告猪野は右宅地の移転登記手続がなされた昭和二十七年四月頃は勿論のこと昭和二十四年頃より既に一貫して本件貸金債務を全部弁済したとの立場をとつてきていることの二点である。従つて被告等は原告主張の残金を昭和三十年夏頃訴外渡部敬治より請求された時、また昭和三十一年三月原告代理人より請求された時に突如として弁済の抗弁を提出したものではないことを認めることが出来る。これに対して原告本人は、原告が昭和二十四年末頃一家を挙げて尾道市より大阪府下に転住した後、被告等に対し封書にて一度、葉書にて三度位残金を請求した旨述べているが、尾道市を離れるに際し残金の支払について如何なる処置をとつたかの点に関しては全く述べるところがないに等しい。右供述の内手紙で催促したとの点はたやすく信用出来ない上に、若し原告主張の如く残金が存在するならば、それは原告の主張に基くと昭和二十三年十月分からであるから約一年以上も延滞したものであり、前認の如く原告が被告曽に売渡した不動産の内宅地については未だ移転登記手続を経ていないのであり、また、証人岡谷の証言及び原告本人尋問の結果によると尾道には原告の身内の訴外今井千恵子とその母が居残つていたことが認められるから、大金と言わなければならない残金十六万円の支払確保のために何等かの適切な処置を講じて然る後転住するのが社会常識に合致した考方というべきである。更に大阪府下に転住した後と誰も被告等が支払わない場合には直接尾道市に請求に赴くことが一応の筋道と考えられるがその事実も認められない。之等の諸点よりして原告本人の供述は到底措信する訳にはいかない。果して然らば、前顕各証言及び被告両名の本人尋問の結果こそ措信するに価するものというべく、之等を綜合すると、被告猪野が原告に対し本件貸金債務を昭和二十三年八月頃より翌二十四年七月頃迄に亘り、約束の期限より一、二カ月遅れて完済したものと認めることが出来、原告が現在尚債権証書を所持している事実は之を重視すべきではなく、又原告本人尋問の結果は右認定を左右するに足りないものと考えるのが妥当である。従つて被告等の弁済の抗弁は理由が有る。」